大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)22244号 判決

原告 X

右訴訟代理人弁護士 柳井健夫

被告 勧角証券株式会社

右代表者代表取締役 A

被告 Y1

右両名訴訟代理人弁護士 井口敬明

同 川上泰三

同 尾﨑昭夫

右訴訟復代理人弁護士 額田洋一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

1  被告らは、原告に対し、連帯して、九四七万五一三八円及び内金二一〇万九七八二円に対する平成六年三月九日から、内金三五六万円に対する同年九月一二日から、内金三八〇万五三五六円に対する平成七年三月二四日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告勧角証券株式会社は、原告に対し、五二五万二五九一円及びこれに対する平成八年一一月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

1  被告らは、原告に対し、連帯して、二一〇万九七八二円及びこれに対する平成六年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告勧角証券株式会社は、原告に対し、一二六一万七九四七円及び内金五二五万二五九一円に対する平成八年一一月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を、内金三五六万円に対する平成六年九月一二日から、内金三八〇万五三五六円に対する平成七年三月二四日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、証券会社の顧客であった原告が、右証券会社の従業員が原告による株式売却指示に違反し、また、原告に無断で原告取引口座において株式の現物売買及び信用取引を繰り返し行ったとして、右証券会社及び右従業員に対して、主位的請求として不法行為に基づく損害賠償を、予備的請求として不当利得金の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

被告勧角証券株式会社(以下「被告会社」という。)は、有価証券の売買及びその媒介等を主たる営業目的とする株式会社である。

被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、本件当時、被告会社の従業員として同社新宿支店に勤務していた者である。

2  原告と被告会社との証券取引の開始

原告は、平成二年一月一九日から、被告会社との間で、株式の現物売買の委託取引を開始し、平成六年三月二五日からは、被告会社に原告名義の信用取引口座を開設して、原告の担当者である被告Y1を通じて、株式の信用取引を行うようになった。

3  高見澤電機製作所株式(以下「高見澤電機株」という。)の信用取引

原告は、被告Y1から高見澤電機株の信用買付を勧誘されたことから、同被告に右買付を行うよう指示し、平成六年六月一〇日、信用取引により、高見澤電機株七〇〇〇株を単価一二九〇円で、同株三〇〇〇株を単価一二八〇円で買い付けた。

しかし、同株の株価が右買付後下落したため、原告は、買付コストの平均を下げて損失を回避するために同銘柄の株式を買い増しするいわゆるナンピン買いを行うこととし、被告Y1に同株の信用買付を行うよう指示し、同月二七日に同株八〇〇〇株を、同月二八日に同株二〇〇〇株を、信用取引により、いずれも単価一一八〇円でそれぞれ買い付けた。

被告Y1は、同月三〇日、右高見澤電機株合計二万株のうち、同月一〇日に買い付けた七〇〇〇株、同月二七日に買い付けた分のうちの一〇〇〇株及び同月二八日に買い付けた二〇〇〇株の合計一万株について、単価一三〇〇円で売却した。

また、被告Y1は、同月一〇日に買い付けた三〇〇〇株については、その信用取引の最終決済期日である同年九月九日、単価一〇一〇円で売却すると同時に、同銘柄の株式を同数買い付けるいわゆるクロスと称される取引を行い、さらに、同年六月二七日に買い付けた分のうちの七〇〇〇株については、その信用取引の最終決済期日である同年九月二七日、単価九二五円で売却した。

そして、被告Y1は、同月九日に買い付けた三〇〇〇株については、その信用取引の最終決済期日である平成七年三月九日、単価七四五円で売却した。

4  太陽化学株式(以下「太陽化学株」という。)の信用取引

被告Y1は、平成六年七月一五日、原告名義で太陽化学株五〇〇〇株を単価一八四〇円で、同株五〇〇〇株を単価一八三〇円で、信用取引によりそれぞれ買い付けた。

被告Y1は、平成七年一月一三日、右株一万株すべてを単価一三七〇円で売却したが、その結果、手数料などを含めた決済差損金五二五万二五九一円が生じたため、被告会社は、原告名義の取引口座から、右差損金相当額を引き落とし処理した。

5  カーメイト株式(以下「カーメイト株」という。)の現物買付

被告Y1は、平成六年九月七日、原告が保有していた日本石油の転換社債を売却し、同月一二日、右売却代金をもって、原告名義でカーメイト株一〇〇〇株を単価三五六〇円で、現物取引により買い付けた。そして、被告会社は、原告名義の取引口座から、右買付代金合計三五六万円を引き落とし処理した。

なお、右カーメイト株については、同年一〇月三日、保護預かり証券から信用取引の保証金代用証券に切り替えられ、平成七年四月七日、原告の請求に応じて、同株の株券が原告に交付された。

6  ゼンリン株式(以下「ゼンリン株」という。)の現物取引

被告Y1は、平成六年九月二二日、ゼンリン株一〇〇〇株を単価一万二〇〇〇円で、現物取引により買い付けた。原告は、これを受けて、原告名義の取引口座に右買付代金相当額約一二一〇万円を預け入れた。

被告会社は、原告の右取引口座から、右買付による手数料などを含めた合計一二〇九万六八二〇円を引き落とし処理した。

被告Y1は、平成七年三月二四日、右ゼンリン株すべてを単価八三九〇円で売却し、原告の右取引口座に、右売却による手数料などを控除した合計八二九万一四六四円を入金処理した。

7  念書の作成等

被告Y1は、平成六年九月二八日、原告方事務所において、右3ないし6の取引は、すべて虚偽の情報と誤った判断によって被告Y1が勝手に原告名義の口座を利用して行ったもので、その一切の責任は被告Y1に帰属し、原告には迷惑をかけない、被告会社と被告Y1が必ず約束を履行する旨の記載がある念書(甲一)を作成し、原告にこれを差し入れた。

被告Y1は、その後も、同年一〇月五日(甲三)、同月三一日(甲四)及び同年一二月八日(甲二)に、同様の念書をそれぞれ作成して原告に交付するとともに、これらの念書に記載された損害金として、同年一〇月五日に五〇万円を、同月三一日には二七〇万円を、それぞれ原告に交付した。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

1  原告が高見澤電機二万株の一括売却を指示したか。

(原告の主張)

原告は、平成六年六月三〇日、被告Y1に対して、同日限り、当時原告が保有していた高見澤電機株二万株すべてを売却するよう指示したにもかかわらず、被告Y1は、前記一3のとおり、同株のうちの一万株のみを売却し、今後同株の株価が上昇すると考えて、残余の一万株は売却しなかった。これによって、原告は、二万株すべてを同日に売却していたならば受領し得た一三〇〇万円と実際に原告が受領した七六九万〇二一八円の差額五三〇万九七八二円の損害を被った。なお、原告は、被告Y1から前記一7のとおり合計三二〇万円を受領し、これを右高見澤電機株の売却指示違反による損害金の一部に充当した。

したがって、被告Y1は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、右損害金から右充当金を控除した二一〇万九七八二円を、被告会社は、使用者責任(民法七一五条一項)に基づき同額の損害を賠償する責任がある。

(被告らの主張)

前記一3の取引は、原告の指示に基づいてされたものであり、原告の主張は失当である。

2  太陽化学株の信用取引について原告の承諾があったか。

(原告の主張)

被告Y1は、右1記載の原告の損害を補てんするため、原告の指示がないにもかかわらず前記一4の信用取引を行ったものであるから、右買付の効果は原告に帰属しない。したがって、被告会社は、原告に対し、右取引によって最終的に生じた差損金として原告名義口座から引き落とし処理した預託金五二五万二五九一円を返還する義務がある。

(被告らの主張)

前記一4の取引は、原告の承諾に基づいてされたものであり、原告の主張は失当である。

3  カーメイト株の現物買付について原告の承諾があったか。

(原告の主張)

被告Y1が行った前記一5の現物買付は、原告の指示又は承諾がないのに行われたものである。したがって、右買付費用として原告名義口座から引き落とし処理された三五六万円について、被告Y1は、原告に対して、不法行為に基づく損害として賠償する義務があり、被告会社も使用者責任として同額の損害を賠償する義務がある。

仮に、右の主張が認められないとしても、右現物買付は無断で行われたものであり、原告は、被告会社に対する何らの支払義務もなかったにもかかわらず、被告会社の要求に応じて買付代金三六五万円を支払ったのであるから、被告会社は、原告に対して、右買付代金を不当利得として返還する義務がある。

(被告らの主張)

前記一5の取引は、原告の承諾に基づいてされたものであり、原告の主張は失当である。

4  ゼンリン株の現物取引について原告の承諾があったか。

(原告の主張)

被告Y1が行った前記一6の現物取引は、原告の指示又は承諾がないのに行われたものである。したがって、右現物取引によって最終的に生じた差損金として原告名義の口座から引き落とし処理された預託金三八〇万五三五六円について、被告Y1は、原告に対して、不法行為に基づく損害として賠償する義務を負い、被告会社も使用者責任として同額の損害を賠償する義務がある。

仮に、右の主張が認められないとしても、右現物売買は無断で行われたのであり、原告は、被告会社に対する何らの支払義務がなかったにもかかわらず、被告会社の要求に応じて買付代金一二〇九万六八二〇円を支払ったのであるから、被告会社は、原告に対して、右買付代金からその後返却された八二九万一四六四円を控除した三八〇万五三五六円を不当利得として返還する義務がある。

(被告らの主張)

前記一6の取引は、原告の承諾に基づいてされたものであり、原告の主張は失当である。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実等及び証拠〈省略〉並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  当事者

原告は、アパレル洋服関係や飲食・レストラン関係を営む株式会社ティ・エフ・シーの代表取締役であり、十数年前から、野村證券、山一証券、大和証券、日興証券、コスモ証券及び三洋証券の各証券会社を通じて信用取引を含む証券取引を継続的に行っており、いわゆるバブル景気のころには、同時に複数の証券会社と証券取引を行ったり、証券会社の担当者が毎日のように来訪するという状況であり、常時五〇〇〇万円程度、最高で三億円にのぼる投資を行っていた(原告本人)。

被告会社は、有価証券の売買、その媒介等を主たる営業目的とする株式会社であり、被告Y1は、その従業員で、平成五年七月から同社新宿支店の法人課長として勤務し、原告との取引を担当していた。

2  原告と被告会社との証券取引の開始

原告は、平成二年一月一九日、被告会社を通じて三井物産の転換社債を購入したことから、被告会社との間で証券取引を開始し(乙一の1、三の1)、平成五年四月五日には、被告会社と日本郵船のワラント取引を行ったが(乙三の9)、その間に被告会社と証券取引を行ったことはなかった。

原告は、それまで証券取引を行っていたコスモ証券の担当者の情報や判断等の面において不満を感じていたことから、平成六年にはコスモ証券に預託していた株式を引き出し、被告会社に移し替えることにした(原告本人、被告Y1)。

そこで、原告は、同年三月二五日、被告会社に、原告名義の信用取引口座を開設するとともに(乙二一)、日本コムシスほか十数社の株式や転換社債(時価合計一億円以上)を右信用取引の保証金代用有価証券として預託し(乙三の10)、原告の担当者である被告Y1を通じて、株式の信用取引や転換社債の売買等を継続的に行うようになった。

原告は、被告会社との右継続的取引を開始するに当たり、被告Y1に対して、公募などもうかる商品があれば回して欲しいと要求し、ウィリアム・ギャンの著書「株価の真実」を読むように勧めた(被告Y1)。また、原告は、被告Y1に対し、従前取引のあった証券会社の例(乙五、六)を示しながら、出来高、値上がり率及び値下がり率の上位一〇銘柄を記載した一覧表(乙七)を、毎日ファックスで原告に送付するよう要請し、被告Y1は、右要請に応じて、右書面を、同年五月以降毎日午後三時一〇分過ぎころ、ファックスで原告に送信した(被告Y1)。

3  高見澤電機株の信用取引

被告Y1は、平成六年六月初めころ、原告に対し、資料(乙二六)を示しながら、高見澤電機株は東証二部上場銘柄で、同社は通信機部品の製造会社で中国への輸出に力を入れており、現在市場では中国関連銘柄の人気がある旨の説明をして、高見澤電機株の信用買付を勧誘した(被告Y1)。これを受けて、原告は、被告Y1に右買付を行うよう指示し、平成六年六月一〇日、高見澤電機株七〇〇〇株を単価一二九〇円で、同株三〇〇〇株を単価一二八〇円で、信用取引によりそれぞれ買い付けた。

しかし、高見澤電機株の株価が、為替相場の円高傾向などを受けてその後下落したので、原告は、同株について、株価が下落した株式の買付コストの平均を下げて損失を回避するために同一銘柄の株式を買い増しするいわゆるナンピン買いを行うこととし、被告Y1に同株の信用買付を行うよう指示し、平成六年六月二七日に同株八〇〇〇株を、同月二八日に同株二〇〇〇株を、いずれも単価一一八〇円で、信用取引によりそれぞれ買い付けた。

原告は、同月三〇日、被告Y1に対し、高見澤電機株二万株を売る旨の話をしたが、被告Y1は、同株はその日に一三〇〇円の新高値をつけており、今後更に株価が上昇することが期待できたことから、とりあえず一万株を売却して様子を見るよう提案し、原告もこれを了承した(被告Y1)。

被告Y1は、原告の売却指示を受けて、平成六年六月三〇日、右高見澤電機株合計二万株のうち、同月一〇日に買い付けた七〇〇〇株、同月二七日に買い付けた一〇〇〇株及び同月二八日に買い付けた二〇〇〇株の合計一万株を単価一三〇〇円で売却した。

その直後、前記高見澤電機株については一万株のみの売却についてしか記載のない信用取引報告書・計算書、平成六年六月三〇日付け通知書(甲五の1ないし3)及び回答書(乙一三)が原告に送付され、原告は、「貴社との有価証券及びその他の取引に関し、平成六年六月三〇日現在で報告を受けた下記取引明細並びに残高の内容に相違ありません。」と記載された右回答書に署名押印した上で、同年七月六日、これを被告会社へ返送するとともに、同月五日、右売却の約定日、数量、単価等が記載された受渡計算書(乙三四と同じ形式のもの)の交付を受け、右売却により生じた利益金の引出請求書(乙一二)に署名押印して被告会社に交付した(原告本人)。

また、被告Y1は、同月一〇日に買い付けた三〇〇〇株については、その信用取引の最終決済期日である同年九月九日、単価一〇一〇円で売却すると同時に、同銘柄の株式を同数買い付けるいわゆるクロスと称される取引を行った。なお、右取引により生じた損金九一万〇八〇〇円については、被告Y1は、原告の所有する新電元工業(以下「新電元」という。)の転換社債(額面一〇〇万円分)を原告に無断で売却し、その売却代金九六万八六〇一円を充当して処理した(被告Y1)。

さらに、被告Y1は、平成六年六月二七日に買い付けた七〇〇〇株については、その信用取引の最終決済期日である同年九月二七日、単価九二五円で売却決済し、同月九日に買い付けた三〇〇〇株についても、その信用取引の最終決済期日である平成七年三月九日、単価七四五円で売却決済し、右各信用決済により生じた損金については、原告の所有する新電元の転換社債(額面二〇〇万円分)を原告に無断で売却し、その売却代金一九五万三四九二円を充当して処理した(被告Y1)。

ところで、原告は、平成六年七月一四日、被告会社を通じて、三菱信託銀行株の信用買付及び朝日フローターの投資信託の買付を行い(乙二の1、一の10)、また、同年八月五日には川崎重工業の新規発行の転換社債を、同月二九日には新電元の新規発行の転換社債をそれぞれ買い付ける(乙一の10)など、被告会社との取引を継続して行った。

4  太陽化学株の信用取引

原告は、被告Y1から、太陽化学株は、名証二部上場銘柄で、医薬品の原体ですばらしい効果を出す新商品が開発されそうであるとの説明を受け、同株の信用買付を勧誘された(被告Y1)。そこで、原告は、平成六年七月一五日、太陽化学株五〇〇〇株を単価一八四〇円で、同株五〇〇〇株を単価一八三〇円で、信用取引によりそれぞれ買い付けた。

被告Y1は、平成七年一月一三日、右太陽化学株一万株すべてを、単価一三七〇円で売却したが、その結果、手数料などを含めた決済差損金五二五万二五九一円が生じたため、被告会社は、原告名義の取引口座から、右差損金相当額を引き落とし処理した。

5  カーメイト株の現物買付

原告は、川崎重工業及び新電元の新規発行の転換社債を買い付けた後も、被告Y1に対して、高見澤電機株の信用取引について処理するよう要請した(被告Y1)。

これに対し、被告Y1が、原告に信用決済をするよう再三要請したところ、原告から、被告Y1が損失を回避するならば、右処理について考えてもよい旨の回答があった。そこで、被告Y1は、原告に対し、新規発行の公募株であるカーメイト株の買付を提案することとし、平成六年九月七日、同株が新規発行の公募株であること、カーメイトがカーアクセサリーの製造・販売会社であること、スキーキャリア等の売上が良好であることを説明した上で、同株の現物買付を勧誘した(被告Y1)。そして、原告は、同日、原告が保有していた日本石油の転換社債を三七〇万円で売却し、その売却代金をもって、同月一二日、カーメイト株一〇〇〇株を単価三五六〇円で、現物取引により買い付け、被告会社は、原告名義の取引口座から、右買付代金合計三五六万円を引き落とし処理した。

なお、原告は、右取引に関連して、カーメイト株の店頭取引に関する確認書に署名押印し、日本石油の転換社債の預り証(乙一五)を返還した上で、カーメイト株の預り証(乙一六)を受領した(被告Y1)。

その後、右カーメイト株については、平成六年一〇月三日、保護預かり証券から信用取引の保証金代用証券に切り替えられ、同月五日に同株の預り証の交換が行われ(乙一六ないし一八)、平成七年四月七日、原告の請求に応じて、同株の株券がすべて原告に交付され、原告から同株の預り証(乙一八)が返還された。

6  ゼンリン株の現物取引

原告は、新電元の転換社債を被告Y1が原告に無断で売却して高見澤電機株の信用決済損に充当処理したことについて不満を述べるようになってからは、高見澤電機株の取引による損失の処理を、被告Y1に対して強く要求するようになった。そこで、被告Y1は、右損失を回復するため、平成六年九月二一日、地図メーカーであって、主にカーナビゲーション用の地図を作っているゼンリンという会社の株が福岡市場で上場した旨の説明をし、ゼンリン株の現物買付を勧誘した(被告Y1)。そこで、原告は、同月二二日、ゼンリン株一〇〇〇株を単価一万二〇〇〇円で、現物取引により買い付けた。

他方、原告は、同月二八日、ゼンリン株の買付代金として約一二一〇万円を被告会社の原告名義の取引口座に振り込んだ(乙一の10)。これを受けて、被告会社は、原告の右取引口座から、ゼンリン株の右現物買付による手数料などを含めた合計一二〇九万六八二〇円を引き落とし処理した。

また、被告Y1は、平成七年三月二四日、右ゼンリン株すべてを単価八三九〇円で売却し、原告の右取引口座に、右売却による手数料などを控除した合計八二九万一四六四円を入金処理した。

7  念書の作成等

原告は、前項のゼンリン株の買付代金支払日である平成六年九月二八日になって、右買付のキャンセルを申し出るとともに、被告Y1に右買付代金は支払わないと通告してきたため、被告Y1は、原告に対し、右キャンセルができないことを説明するとともに、右買付代金を支払うよう懇願したところ、原告は、被告Y1が勝手に売却した新電元の転換社債の売却代金三〇〇万円を月末までに原告に返却すること及び念書の作成を要求した(被告Y1)。

そこで、被告Y1は、念書を作成しなければ原告に右買付代金を支払ってもらえないと考え、同日、前記3ないし6記載の取引に関する念書(甲一)を原告に言われるままに作成し、原告にこれを差し入れた(被告Y1)。その際、原告は、被告Y1に対して、高見澤電機株や新電元の転換社債の売却について、どのように責任をとるのか明らかにするよう申し入れた(原告本人)。

右念書には、新電元の転換社債の売却による損害金に相当する三〇〇万円を一部損害金として支払う旨、また、それまで被告Y1が勧誘した高見澤電機株、太陽化学株、新電元の転換社債、カーメイト株及びゼンリン株についての取引は、すべて虚偽の情報と誤った判断によって被告Y1が勝手に原告名義の口座を利用して行ったもので、その一切の責任は被告Y1に帰属し、被告会社と被告Y1の命と全身全霊をかけて必ず約束を履行する旨の記載がある(甲一)。

そして、被告Y1は、平成六年一〇月五日、五〇万円(うち二〇万円は迷惑料の趣旨であり、右念書記載の三〇〇万円には含まれていない。)を原告に交付するとともに、念書(甲三)を作成して原告に交付した。

また、被告Y1は、同月三一日、原告に二七〇万円を交付するとともに、同趣旨の念書(甲四)を作成して原告に交付し、さらに、同年一二月八日には、同趣旨の念書(甲二)を作成して原告に交付した。

二  以上の認定事実を前提に、各争点につき判断する。

1  高見澤電機株の信用取引について

原告は、平成六年六月三〇日、高見澤電機株の株価が回復したため、初めて大手企業以外の銘柄の株式を買い付けたことに不安を感じていたこともあって、被告Y1に対し、同株二万株すべての売却を指示したと主張し、原告本人も、もうからなくてもいいから損しないように終わらせたいという気持ちで二万株すべての売却を指示したなど右主張に沿う供述をする。

しかしながら、一方、原告は、本人尋問において、原告は、被告Y1が高見澤電機株一万株を売却しなかったことに気付いて同被告に抗議したが、同被告は、たまたま売りミスをしたが、間違いなく値上がりするから心配いらないと述べた、そして原告は関係ないから自分で早く処理するよう伝えたが、右株の売却については具体的に指示しなかった、被告Y1が適当に処理するだろうと考えて、被告会社に言うまでのこともないと思った、損害を被った場合、被告Y1が現金で損失分を支払う話は出なかった旨供述している。

原告が主張するとおりであるとすれば、右原告の対応は、原告の指示に反して一万株の売却を行わず信頼を失ったはずの被告Y1に対するものとしては、あまりにもあいまいなものであり、不自然であるといわなければならない。

そして、原告は、前記のとおり、高見澤電機株を平成六年六月一〇日に買い付けた後、同株の株価が下落したことを受けて、右株価の下落による損失を回避するため、同月二七日及び二八日、同株についてナンピン買いを行った上、同株の株価が回復した同月三〇日に同株の売却を指示しており、短期間に次々と取引指示を行っていることからすれば、原告が、高見澤電機株の取引について、利益は出なくてもいいから損失が出ないように終わらせたいというような消極的な態度であったと認めることはできず、原告の前記供述は採用することができない。

また、原告は、高見澤電機株の売却指示違反が発覚したと主張する直後の平成六年七月一四日、被告Y1の勧めで三菱信託銀行株の信用買付(三一六〇万円)及び朝日フローターの投資信託の買付(一〇〇〇万円)を行っているが、信頼を失ったはずの被告Y1の勧めで、このような多額の買付を行うこと自体不自然であり、原告の主張に疑問を抱かせるものである。原告は、右各買付を行った理由について、高見澤電機株については被告Y1が責任をとることを確約し、問題は解決したものと理解していたためであると供述するが、具体的にどのような方法で右責任をとることになっていたかについては明確でなく、責任問題の発覚直後に、右のような多額の買付を行っていることからしても、原告の右供述は採用することができない。

さらに、原告は、平成六年七月五日付けの引出請求書(乙一二)に署名押印して、高見澤電機株を一万株売却して得られた利益金一〇万八一七八円を受領していること、その際、売渡日、約定日、数量、単価等が記載された受渡計算書(乙三四と同形式)及び通知書(甲五の1ないし3)の交付を受けていること、同趣旨の記載がある同月六日付け回答書(乙一三)に署名押印して、被告会社に返送していることに照らせば、原告は、高見澤電機株二万株のうち一万株だけを売却することについて、了承していたといわなければならない。

なお、原告は、右回答書(乙一三)に署名押印して返送したことについて、原告が当時多忙であった上、大企業である被告会社を信用していたため、右回答書の返送前には内容を確認しなかったが、その後じっくりと通知書(甲五の1ないし3)又は取引報告書・計算書に目を通していた際に、一万株しか売却されていなかったことに気付いた旨供述するが、前記のとおり、長年にわたり豊富な証券取引の経験を有し、株式市場の動向を毎日ファックスで送付させ、株式を売却した後は、売却の時期や判断が正しかったかどうか確認する意味で、ほとんど株価の動きをチェックする(原告本人)など、取引に重大な関心を持っていた原告が、右回答書や右通知書等の内容を確認しないまま安易に右回答書を返送するとは考え難いこと、右回答書の返送後に右通知書等を確認したというのも不自然であることからしても、原告の右供述は採用することができない。

確かに、被告Y1は、平成六年九月九日、新電元の転換社債を原告に無断で売却し、その代金を高見澤電機株のクロス取引による決済により発生した損失に充当し、さらに、平成六年九月二七日、高見澤電機株の信用決済に際して、再び新電元の転換社債を原告に無断で売却しているが、右売却はいずれも、被告Y1が、高見澤電機株の株価が下落したため原告から責任をとるよう要求されていたという当時の状況の下で、信用取引の決済期限の決済のためにやむを得ず行ったものであり、右無断売却の事実をもって直ちに、高見澤電機株について原告の行った売却指示に被告Y1が違反していたと推認することはできない。

以上のとおりであり、結局、原告が高見澤電機株二万株の一括売却を被告Y1に指示したことを認めることはできない。

2  太陽化学株の信用取引について

原告は、高見澤電機株が平成六年六月三〇日以降値下がりして損害を被ったので、被告Y1が、その損害を補てんするため、原告に無断で太陽化学株の信用取引を行った旨主張するが、高見澤電機株は、同年七月一日に新高値一三三〇円をつけ、同月四日及び五日にも一三三〇円の高値をつけ、同月一五日においても一三〇〇円の高値をつけており(甲三三)、原告には、高見澤電機株によって原告が主張するような損害は生じていないのであり、原告も、被告Y1に対して、同株の株価がさほど上昇しなかったことについて責任追及をしていなかったのであるから(原告本人)、被告Y1には、原告に無断で太陽化学株を買い付ける理由は認められない。

ところで、被告Y1は、太陽化学株を原告に勧めた当初、原告は、名前も知らない銘柄なので買いたくないと話していたが、その後、太陽化学の実績や医薬品の原体を開発するのに成功したとの説明を聞いて買付に応じた旨供述し、他方、原告は、高見澤電機株が駄目だったので、太陽化学株の勧誘についても断ったと供述するが、原告の右供述は、前記のとおり、太陽化学株の信用買付の前日に、三菱信託銀行株の信用買付及び朝日フローターの投資信託の買付を行っていることと矛盾するものであり、また、原告は、最初は買付を断ったものの、その後、仕方がない、結果的に問題がなければいいなど、結局はこれを了承したような趣旨の供述をしているのであり(原告本人)、原告が断った旨の供述は、直ちに採用することができない。

また、原告は、前記のとおり、平成六年八月五日に、川崎重工業及び新電元の転換社債を買い付けているが、原告が供述するとおり、高見澤電機株の売却指示違反及び太陽化学株の無断買付がされていたとすると、原告が右買付に応じるというのは不自然というほかない。

確かに、原告は、太陽化学株の信用取引について記載された平成六年七月二九日付け回答書(甲七の1及び2)を被告会社に対して返送していないが、当時すでに高見澤電機株の株価が同年六月三〇日に比べて一〇〇円以上値下がりしており(甲三三)、原告と被告Y1との間で同株一万株を売却しなかったことについて争いが生じていたことからすれば、右回答書が返送されていないことは、直ちに太陽化学株の信用取引について原告の承諾がなかったことを推認させるものではないといわなければならない。

以上の事情に加えて、被告会社から原告に対して送付された平成六年七月二九日付け通知書(甲六の1ないし3)には、同月一五日に太陽化学株の信用取引が行われた旨の記載があったにもかかわらず、原告は、被告会社ないし被告Y1に対して抗議したり、取引を中止したりしていないことを考慮すると、太陽化学株の信用買付については、原告の承諾があったというべきである。

なお、原告は、太陽化学株の信用決済期日までに決済金の支払をしなかったため、被告会社は、平成七年一月一三日、東京証券取引所受託契約準則六〇条(乙二二)に従って右株を売却したものであり、右売却は何ら違法となるものではない。

3  カーメイト株の現物買付について

前記のとおり、原告は、平成六年九月七日、保有していた日本石油の転換社債を売却し、その代金でカーメイト株を買い付けたのであるが、このことは、原告が、平成六年九月一二日、店頭取引に関する確認書(乙一四)に署名押印し、また、日本石油の転換社債の預り証(乙一五)を被告Y1に返還した上で、カーメイト株の預り証(乙一六)を受領していること(乙一七)、その後右預り証と引き換えにカーメイト株の株券を受領していること、被告会社から原告に対して送付された平成六年九月三〇日付け通知書(甲一〇の1ないし4)には、同月一二日にカーメイト株の現物買付が行われた旨の記載があったにもかかわらず、原告は、被告会社ないし被告Y1に対して抗議したり、取引を中止したりしていないことに照らして、明らかである。

なお、原告は、日本石油の転換社債の売却代金がカーメイト株の買付代金に充てられていることについて、右転換社債の売却は、被告Y1から変動がないので売った方がよいのではないかと勧められて売却したにすぎず、カーメイト株の買付のために行ったものではないと供述するが、前記のとおり、日本石油の転換社債の預り証の返還が、カーメイト株の預り証の交付と同時に行われていること、また、被告Y1の供述に照らして、原告の右供述は採用することができない。

4  ゼンリン株の現物取引について

前記のとおり、原告は、被告Y1の要請に応じて、平成六年九月二八日、ゼンリン株の買付代金として約一二一〇万円を原告名義の取引口座に振込送金していること、右送金は、ゼンリン株が無断で取引された旨の記載のある念書(甲一)の交付と同じ日に行われているが、無断買付であるのにその代金を振込送金すること自体不自然といわなければならないことからすれば、ゼンリン株の現物買付については、原告の承諾があったというべきである。

また、前記のとおり、被告Y1が、合計三二〇万円を原告に支払っていること、被告Y1の上司に会わないで欲しいと原告に要請していること(原告本人)などが認められるが、右の事実はいずれも被告Y1が新電元の転換社債を原告に無断で処分したことを理由とするものであるということができるから、右事実をもって、直ちに被告Y1にゼンリン株の現物買付について何らかの責任を発生させるような行為があったということはできない。

なお、ゼンリン株の売却については、信用取引口座設定約諾書第五条(乙二一)及び東京証券取引所受託契約準則六〇条(乙二二)に従って行われたものであり、何ら違法となるものではない。

5  念書について

原告は、被告Y1が無断売買を行ったことを認めたものとして、同被告作成の念書(甲一)を提出し、右念書には、前記のとおり、それまで被告Y1が勧誘した高見澤電機株、太陽化学株、新電元の転換社債、カーメイト株及びゼンリン株についての取引は、すべて被告Y1が勝手に原告名義の口座を利用して行ったものである旨の記載がある。

しかしながら、右念書は、前記のとおり、被告Y1の勧めで原告がゼンリン株を買い付けた直後に同株の株価が急落したため、原告が、代金支払日の平成六年九月二八日、右買付のキャンセルを申し出、これに対し、被告Y1は、原告に右代金を支払うよう要請したが、原告が被告Y1に対し、念書を書かないとゼンリン株の買付代金を支払わない旨述べた(原告本人)ために、すでに同株を買い付けていた被告Y1が、やむを得ず原告の事務所において書いたものであること、右念書は、それまでの原告名義の取引がすべて無断でされたかのような内容となっており、自ら作成したものとしては極めて不自然であること、その後作成された念書(甲二ないし四)の文言もほとんど同じで、以前の念書も返還されていないことからすれば、右念書は、被告Y1が自発的に作成したものではなく、原告が作成するよう要求したものであるというべきであり、その内容は直ちに信用することができない。

三  以上のとおりであり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木村元昭 裁判官 青沼潔 大森直哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例